「楽しい」という感情は、フロー(揺らがず・とらわれず)な感情です。
なぜなら、パフォーマンスの質が向上するからです。
つまり、楽しいという感情でいることは、
パフォーマンスのレベルを高く保ちたい人にとって必須です。
あなたは、日々の仕事をどのような感情で過ごしているでしょうか。
苦しいとか、つらいという感情に、あふれている人もいるかもしれません。
働くとは、つらくて苦しいもので、それに耐えるのが仕事で、だからこそ報酬をもらえると思っている人もいます。
多くの人が「楽しい」という意味の付いている出来事は、仕事とは関係のない遊びや趣味の中の出来事がほとんどだからです。
したがって、「仕事は楽しいですか」と尋ねられれば、そのような出来事は、仕事の中にはなかなかないので、「楽しくない」と答えてしまうのは当然です。
仕事はつらく苦しいものと意味付けされてしまいます。仕事の中で脳が見つけ出す楽しみは、結果が出ることくらいになります。
「儲かったら楽しい」、「勝ったら楽しい」、「うまくいったら楽しい」、「終わったら楽しい」ということです。こう感じる「楽しい」は、確かに魅力的かもしれません。
しかし、この「楽しい」は、コントロールできないばかりか刹那的です。
そのような「楽しい」に頼っていると、やはり仕事は苦しくて、つらいものになるでしょう。
結果が出れば楽しいですが、その次の瞬間からまた苦しいが始まります。
そして、
「勝ったら」「終わったら」「儲かったら」「うまくいったら」とノンフロー状態のまま、仕事をしてしまうことになります。
「楽しい」という感情を、仕事に関係なくつくり出すのが「禅脳思考」です。
仕事に楽しいを見つけるのではなく、思考することで、自分自身の心に変化を生み出します。
あなたも、子どもの頃は、毎日が楽しかったのではないでしょうか。それは、結果などに関係のない楽しさだったはずです。
ただただ一生懸命に何かを無我夢中で、やっていたことが楽しかったのです。
ところが、大人になるにしたがって、
「なぜ、一生懸命しなければならないのか」、「一生懸命にやるなら何をくれるのか」、「一生懸命が楽しかったのに苦しい」といった意味付けが起こってくるのです。
そもそも、かつては誰もが子どもだったので「一生懸命が実は楽しい」ことを、知っています。
つまり「一生懸命を楽しもう」と考えれば、誰もが心にフローな風を吹かせられるのです。
ただ長年にわたって、そのような思考をしていないので、それに伴う楽しさの体感も
劣化してしまっています。
最近では、
人間には一生懸命を楽しめる遺伝子があるという研究があります。
しかし、
一生懸命の楽しさを体感することなく生きていると、不要な遺伝子はOFFになり、反応しなくなると言われています。
多くの人は、この遺伝子がOFFになったまま大人になり仕事に従事しているのです。
この遺伝子をONにして、その体感を生み出すには思考する以外にありません。
「一生懸命が楽しい」ことを、幼少期の体験として知っている、あるいは人間として一生懸命を楽しめる遺伝子がある以上、思考すれば脳の中でエネルギーとなって心に少しでも「楽しい」と感じる波動が生じるのです。
「一生懸命を楽しもう」と思考したことで、生まれる楽しい感情は、娯楽によるものと比べたら小さいかもしれません。
しかし、思考していないよりも、そう思考しているときに感じる「楽しい」は本物です。
外界を変えることでも、外界に依存するわけでもなく、自らつくり出したすばらしい「楽しい」という感情だからです。
*1分で感動から転載
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